活動アルバム活動アルバム活動アルバム 市内外の皆さんに四国西予ジオパークを理解していただくため、イベントや研修会など様々な取り組みを行なっています。ここではこれまで実施してきた活動の記録をご紹介します。

活動アルバム
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市内外の皆さんに四国西予ジオパークを理解していただくため、イベントや研修会など様々な取り組みを行なっています。ここではこれまで実施してきた活動の記録をご紹介します。

令和7年度第1回ジオミュージアム講演会を開催

1月17日に西予市文化財保護審議会の岡崎直司さまをお招きし、巡回展:戦後80年『西予市の戦時遺産』写真展に関連して、西予市内に残る戦時遺産にまつわるエピソードを紹介していただきました。

はじめに四国西予ジオミュージアムの榊山さんから「ジオパークでどうして戦時遺産や平和学習を取り上げるのか?」について説明がありました。ジオパークの活動は、大地の成り立ちと人の暮らしの関わりを紹介することが主な活動と思われがちです。ジオパークの活動指針を定めているユネスコは、その憲章の前文で「人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」と謳っているように、第二次世界大戦の反省として教育や文化の保護、科学の振興を行うことで、人々の偏見を減らして戦争の抑止につなげることを活動目的としています。ジオパークの取り組みもユネスコがめざす平和の実現につながっていることから、今回の展示を実施したということです。

続いて岡崎さまから西予市に残る戦時遺産の紹介がありました。宇和盆地が広がる宇和町永長にはかつて、大戦の末期に建設された陸軍の飛行場があったそうです。本土決戦の備えた特攻用の飛行場で、GHQが1948年に撮影した航空写真からは約1km超の長さの滑走路があったことが分かります。当時はアスファルトのような資材もなく、限られた物資を用いて突貫工事で仕上げられたようです。現在は圃場整備もされて当時の様子は全く残っていませんが、永長の常居寺の西側に見える大きくえぐられたチャートの崖は、当時飛行場を建設するための石を切り出した跡であると伝えられています。

この他にも、当時の国民学校に設置されていた奉安殿(ほうあんでん:天皇・皇后陛下のお写真と教育勅語を保管するための建物で軍国主義教育を実践するための拠点)を建設した際の文書や、明浜町高山や野村町惣川の防空壕跡など、市内には今でも数多くの戦時にまつわる記録や遺跡が残っていることを紹介していただきました。

西予市のみならず県内からもご参加があり、20名の参加者が岡崎さまのご講演に耳を傾けました。講演後は展示会場で実際の資料を見ながら、参加者は当時の人々が直面した困難に思いを馳せました。

戦後80年が過ぎ、戦争体験者の高齢化によって当時の証言を得る機会が失われつつある中、戦争の爪痕や教訓を今に伝える戦時遺産はますます貴重な存在となっています。そうした遺産のうち、軍用の滑走路や監視台などは地理的な条件の整った場所に築かれることから、少なからず「ジオ」とも関わりがあると言えます。
私たちのジオパークの活動の中でも戦時遺産を地理的な背景と合わせて紹介することで、「人の心の中に平和のとりでを築く」ことの実現に、また一歩貢献できるのかもしれません。