標高1,111mの雨包山に端を発する野井川の流域に拓かれた城川町遊子川地区。先人たちが苦労して開墾した棚田には、鳥獣対策用のフェンスが張り巡らされている。聞くとイノシシによる被害が大きな悩みだという。
人口280人ほどの限界集落。信号がない。コンビニも、商店もない。
そんな小さなまちに年間3,000人が訪れ、地元住民や観光客に愛されている食堂がある。「食堂 ゆすかわ」。切り盛りするのはトマト農家を中心とした地元の女性グループだ。
遊子川とトマトの歴史は約50年前にさかのぼる。
昭和45年、政府による稲作の生産調整が行われた。当時の城川町役場とJAの職員が遊子川に合った転換作物を調査し、注目した農産物の一つがトマトだった。
トマトの原産地は南米アンデス山脈。冷涼で寒暖差が大きく、野井川からの美しい水に恵まれたこの地はトマト栽培に適していた。遊子川でも600mを超える高地で栽培が始まり、徐々に広がっていった。
ちなみに、城川町では同時期に栗やユズの生産が始まった。のちに50年の歳月を経て、トマトとユズのマッチングがリコピンズの窮地を救うことになる。
現在、リコピンズの代表を努め、自らもトマト農家の辻󠄀本さんは「トマトづくりの8割は、土づくり」だと言う。短期的には良い化成肥料も長い目でみると土地が痩せていく。もみ殻や藁、かやを使用した自然堆肥による土づくりにこだわる。トマトの生育に欠かせない受粉は、一般的なホルモン剤ではなく、クロマルハナバチによる自然受粉を選択。シーズンとなればハチがハウスの中を飛び交い、受粉に要する労力の軽減にもつながった。自然受粉によってトマトの熟成期間も長くなり、自然な旨みにつながっている。
一方で、最盛期には700人弱あった遊子川の人口は300人を下回り、高齢化や後継者不足が深刻となっていた。こうした窮状を憂い、平成22年に、交流人口の拡大や地域活性化を目的に「遊子川地区地域活性化プロジェクトチーム」が発足した。
「遊子川と言えばトマトだよね」
メンバーの意見がまとまるのに時間はそうかからなかった。トマト生産者の間には、かねてから加工品を作りたいとの想いもあった。まず着目したのはトマトジュース。しかし、大規模な設備を持ち加工用の安価なトマトを使用する大手メーカーの商品を相手に、価格競争で太刀打ちが出来ない。
「他にないものを作りたい」と考えたメンバーたち。
外部アドバイザーの協力も得ながら未知のトマト酢づくりに乗り出した。数年の開発期間を経て商品化にこぎつけたものの、一般に認知されていないトマト酢は販売も試行錯誤の連続。なんとかこの酢を有効活用しようと、牛乳やヨーグルト、ハチミツを入れたこともあるという。
そのとき、目に入ったのが、この地域ではどの家庭でもつくっている自家製のユズポン酢。一般的に、ユズポン酢は醸造酢を使用する。
それをトマト酢にかえたところ、強い酸味のユズ果汁がトマトの旨みや甘みと調和し、まろやかな酸味の口当たりの良いユズポン酢が出来た。
こうして生まれた「トマトユズポン」は料理に絶妙なアクセントを加える万能調味料としてヒット商品に。現在、食堂 ゆすかわで提供されるすべての料理に使用されている。
その半年後には手づくりケチャップが完成。トマト6個分を使用し、保存料や着色料などの余計な添加物を一切省いたシンプルな味が特徴。安全安心を求める主婦層に好んでいただけるように「こどもケチャップ」と名付けたこの一品は、現在ではリコピンズNO.1の売れ筋商品だ。
こうした加工品の開発や販売と並行し、平成26年、プロジェクトチームが発展する形で企業組合 遊子川ザ・リコピンズを結成。同時期に、食堂 ゆすかわもオープンした。
商品をつくり、食堂を切り盛りする、明るい女性たちの存在は、地域の人々の元気へと繋がり、奥深い山里の食堂には県内外から多くの観光バスや視察団が訪れる。その取り組みが評価され、「ふるさとづくり大賞 団体表彰(総務大臣賞)」や「地域産業おこし大賞(優秀賞)」などを受賞した。
これまでの成功の理由を「諦めなかったこと」と辻󠄀本さん。ただ、そこには悲壮感はない。「楽しくなければ来ないで」冗談交じりに辻󠄀本さんがメンバーに掛け続けてきた言葉だ。時には夫の愚痴で盛り上がり、時には話が脱線しながら楽しく続けられたことが、あきらめないことにつながったと言う。そう語るリコピンズの女性たちの笑顔は、太陽をいっぱい浴びたトマトのように生き生きとしている。
リコピンズの成功に刺激をうけた遊子川では、トマトオーナー制度や雨包山を巡るエコツーリズムも実施。交流人口の拡大につながっている。世界的な健康食ブームもあり、トマトユズポンは海を越え、イギリスやオーストラリアなどのお客様にも楽しまれている。リコピンズでは、おうちごはんのニーズに合わせレトルト商品の開発も視野に入れているという。
50年前に蒔かれた種は、いくつもの困難を経て、しっかりとこの地に根付き、豊かな実りの時をむかえている。
販売所および工場:愛媛県西予市城川町遊子谷2370-1
TELおよびFAX:0894-89-1663
URL:https://lycopins48.com/