V7 笠置街道(八幡浜街道笠置峠越)

V7 笠置街道(八幡浜街道笠置峠越)

笠置街道を往くイベント参加者

庶民や遍路、藩主も通った峠道

笠置街道は、卯之町と八幡浜をつなぐ街道の一部で、標高397mの笠置峠を越える道です。麓の寺院が所蔵する大般若経の一部に矢野保舌間浦(八幡浜市舌間)で書写したものがあることから、遅くとも室町時代には峠を介した交流があったと考えられます。また寛文元(1661)年の宇和島藩の絵図にも記されており、江戸前期には主要な街道であったことがわかります。地元には遍路にまつわる言い伝えも残され、二宮敬作やシーボルトの娘・おイネさんなどの蘭学者もこの道を越えた可能性があります。この道は、平成29年10月に国史跡に指定されました。

古墳時代から存在したかもしれない九州との交流の道

笠置峠に近接する笠置峠古墳の竪穴式石槨はチャートの石積みで作られていますが、一部に八幡浜側でしか採れない緑色片岩が使用されていました。つまり、古墳時代前期(約1,700年前)から、八幡浜と宇和盆地の間に峠を越えた交流があったのではないかと考えることができます。さらに麓の集落からは、古墳時代よりも古い弥生時代の九州系の土器も見つかっています。笠置峠は、宇和盆地と八幡浜、さらにその先の九州とをつなぐ玄関口のような場所だったかもしれません。

Pick Up

牛馬の安全を祈る石仏

今も水が湧き出る大清水と呼ばれる場所に、馬の安全を祈願した馬 頭観音と牛の安全を願った大日如来がセットでまつられています(写真左:馬頭観音、右:大日如来)。

Pick Up

遍路の霊を慰める墓

江戸後期から明治時代に、道半ばで倒れた遍路たちの墓が残されています。墓石に刻まれた地名は、筑後国柳川、肥後国下益城郡、豊後国佐伯津久見浦など、九州からの遍路が多いようです。

ジオポイントDATA

◎西予宇和ICより車で約
35分
◎駐車場有
◎トイレ有